信仰

信仰

智慧と未知とを結ぶ橋

この道は、その本質において、人間の信仰や崇拝とは無関係に存在しています。それは絶対なるものと一者に根ざし、その存在を支えるために被造物からのいかなるものも必要としません。

2 この道を認めようと認めまいと、その原理は絶え間なく働いています。あなたの信仰は、この道の存在やあなたとすべての存在の内におけるその活動の前提条件ではありません。私たちは皆、この真実への気づきや受け入れに関わらず、この道の上にいるのです。

3 知識は、からだの識に限られ、からだとともに滅びます。常に相対的であり、変わり得るものであり、不完全です。最も素朴な生き物でさえ、人間の理解を越える技と理解を持っていることを認めることは、謙虚さを教えてくれます。現代の最も優れた人間の知性でさえ、宇宙の根本的な本質と格闘し、多元宇宙を十全に把握することも、私たちの馴染みの次元を越えた存在を想像することもできないのです。

4 傲慢になりがちな人間の魂は、しばしば理性を越えたもの——一者の本性と存在——について理性で推し量ろうとします。私たちは自らの限界を認めなければなりません。絶対なるものについて、私たちは不可知論的であるほかないのです。なぜなら、有限の心は、すべてを——私たち自身を含めて——包み込むものを十全に理解することはできないのですから。しかし、理解できないからといって、この道への参加が否定されるわけではありません。

5 知識にのみ基づく信仰は不安定です。知識は絶えず変わりゆくものですから。科学は、物質の世界を理解するための最善の道具ですが、絶えざる修正と発見の過程であり、最終的な不変の真理に到達することは決してありません。

6 同様に、迷信に根ざした信仰は慰めや楽しみを与えるかもしれませんが、真正の霊的成長に必要な確かな基盤を欠いています。

7 智慧は、知識とは異なり、知性に限られません。世俗の知識を持たない生まれたばかりの子が、過去の生から持ち越された深い智慧を宿していることもあります。逆に、膨大な知識を積み上げても真の智慧を得ないこともあります。智慧は、いのちの無数の体験との魂の関わり、カルマの教えの統合、そして本分(ダルマ)の成就から立ち上がるのです。

8 「確かな期待」と定義される真の信仰は、この積み重ねられた智慧から湧き出ます。いのちの試練に向き合う勇気、この道の慈悲深い本性への信頼、そして永遠の旅への確信です。この智慧に生まれた信仰は魂に力を与え、勇気、喜び、美を吹き込みます。

9 魂の智慧が深まるにつれ、その信仰は自然に強まります。十分な智慧に至った魂は、永遠の霊性の存在へと進化し、永遠の存在を通じて智慧を積み重ね続けます。

10 信仰は、それ自体のみに基づくものであれ、智慧に根ざすものであれ、心を深く条件づけます。この条件づけは、思考の型と心構えを形づくり、私たちの体験と行動に対して計り知れない力を振るいます。それは聖者が行う奇跡的な癒しにも、惑わされた指導者が犯す残虐な行為にも顕れ得るのです。

11 道びとは理解しています——信仰は霊的成長のための力強い道具ですが、智慧と見極めをもって調えなければならないと。吟味されず、問われることのない盲目の信仰は、教条主義と霊的な停滞に導きかねません。

12 この道への真の信仰とは、証明し得ぬ主張を信じることではなく、霊的進化の過程を信頼することです。喜びに満ちた体験であれ痛みを伴う体験であれ、あらゆる体験が私たちの成長と目覚めに資するという確信です。

13 この信仰が、いのちの流れに身を委ねることを可能にします。道が不明瞭に見えるときも、困難に思えるときも、この道が私たちを最も高い善へと導いていることを知りつつ。

14 求める者よ、忘れないでください。信仰は最終の目標ではなく、この道とのつながりを深める手段であることを。蝶の道を歩み進むにつれ、あなたの信仰を動的なものとしなさい。広がりゆく智慧と体験とともに成長し、進化するものとして。

15 神秘を抱き、新たな理解に開かれ、自らの存在の深みと存在の広大さを探究する勇気を燃え立たせる信仰を培いなさい。

16 こうして、信仰は無知なる者の杖ではなく、智慧ある者のための橋となります。知られたものと知られざるもの、見えるものと見えざるもの、一時のものと永遠のものを渡す橋として。あなたの信仰を、聖なる本性の実現と、すべてとの一なることへと、あなたを運ぶ翼としなさい。