~ 謙虚
~ 謙虚
謙虚はすべての力の基盤であり、智慧が育つ豊かな土壌です。それは自らを卑しめることではなく、存在の広大な織物における自分の場を明瞭に見ることです。謙虚の手本として、私たちは天界の神々を仰ぎます。神々は天の父と天の母を仰ぎ、天の父母はこの道を究極の謙虚として仰ぎます。他の力が衰えるとき、謙虚は揺るぎません。
2 真に謙虚な道びとは、自分の強さと限界の両方を認めます。能力を過大にも過小にも見ず、ありのままに明瞭に見ます。
3 謙虚は学びの扉を開きます。謙虚な心は常に新しい知を受け取る備えができており、正されることを厭(いと)わず、成長します。自分の完璧さという幻に囚われることがありません。
4 謙虚の中に、道びとは力を見出します。自我の重荷を降ろし、水が岩の間を流れるように、しなやかさと品をもって生を渡ります。
5 謙虚は他者との真のつながりを可能にします。謙虚な道びとは深く聴き、すべての存在の中に聖なるものを見、どの出会いをも学びと奉仕の機会として受け止めます。
6 謙虚の修習は、絶えざる自省を伴います。道びとは自らの思い、言葉、行いを吟味し、常にこの道の流れとより深く一致させようとします。
7 謙虚とは、自分の才能や成果を否定することではありません。むしろ、自分よりも大きなものに仕えるための贈りものとしてそれらを認めることです。
8 謙虚な道びとは、すべての知が部分的であり、すべての視野が限られていることを理解しています。神秘に対して開かれたまま、不確かさの中にあって安らぎ、実相の広大さにいつでも驚かされる備えをしています。
9 導く立場において、謙虚は仕える導き手(サーヴァント・リーダーシップ)として現れます。謙虚な導き手は他者の力を引き出し、功績を分かち、責任を引き受けます。力ではなく、姿で導きます。
10 謙虚は、自分を証明しなければ、正しくなければ、一番でなければ、という疲弊する必要からの自由をもたらします。ただ在ること、いのちのありのままに十全にそこに居て関わることを可能にします。
11 謙虚の道は、絶えず「学び解(ほど)く」道です。道びとは先入観を、大切にしてきた信念を、支配の幻を進んで手放し、より深い智慧が顕れるための場を空けます。
12 つまるところ、謙虚とは、私たちは別々ではなく、この道の大きな流れの一部であるという認識です。その中に、道びとは力を見出します。