~ あるがままの法則〔無為〕
~ あるがままの法則〔無為〕
あるがままの法則は、物事を自然に展開させる智慧——川を押さないことの知恵を教えます。カルマがあなたのためにもっと良い計画を持っているとき、あるいは聖タラがあなたにもっとふさわしいものを整えているとき、どうすればそれを知ることができるでしょうか。それが智慧です。それは洞察、信頼、鋭い観察、そして法則への信を必要とします。
2 それは力を用いない行いの技、押しつけなき感化の技です。
3 この法則は思い起こさせます。宇宙にはそれ自身の叡智が、均衡を取り調和を保つ独自のやり方があるのだと。カルマは、それが最もふさわしいと考える仕方と時をもって、事を整えるのです。
4 智慧ある道びとは、生の流れに逆らい続けるのではなく、流れとともに働くことを学びます。
5 あるがままとは、何もしないことではありません。むしろ、自然の秩序と調和した行いのことです。
6 それは忍耐と信頼を教えます。自然があるがままの法則に従うように、過程がそれ自身の時と仕方で展開するのを許すことを。とはいえ、座って待っているだけという意味でもありません。何もやって来ないなら、外に出て創り、生きてゆくのです。しかし、カルマと聖タラがあなたとともに働いてくれるのを許す智慧はどうでしょうか。
7 人との関わりにおいて、この法則は他者の旅を尊ぶよう私たちを導きます。支えは差し出しても、支配はしない。互いにとって良くなければ、共にいないこと。互いにとって良いのなら、互いの最善を引き出すこと。さもなければ、相手の道に干渉するか、相手のカルマの帰結をともに被ることになるでしょう。
8 あるがままは謙虚さを培います。私たちがより大きな全体の一部であって、その支配者ではないことを思い起こさせながら。
9 この法則は、道家の無為(むい)——道(タオ)と調和した、力みのない行い——の概念と深く結びついています。
10 この法則は、私たちが常に最善を知っていて自分の意志を押し通さなければならないという傲慢を戒め、生の智慧と、聖なる存在やカルマが私たちのために用意しているものへの開かれた心を促します。
11 けれどもそれはまた辨別をも求めます。いつ身を引くべきか、いつ心がけをもった関与が必要か、それを知ることを。
12 道びとよ、日々の暮らしの中であるがままを修しましょう。穏やかさの中に智慧と力を見出し、あるがままに任せることの中に叡智を見出しながら。
第三部
形而上の解剖学
人間という条件
存在の本質を明らかにしたうえで、ここからは「人間という存在は何によって成り立っているのか」「人間という条件を生きるとはどういうことか」という深遠な問いに目を向けます。この部は、魂の旅を照らし出します。その始まりから数え切れない転生を経て、究極の行方に至るまでを。パラダイスとスカーヴァティの世界、そして霊的進化の途上にある混成の存在としての私たちの独自の本質を探ります。さらに、「人間」という複雑な構造の各部分と、その識(しき)を分析します。