魂の人(たましいのひと)と霊性の人(れいせいのひと)

魂の人(たましいのひと)と霊性の人(れいせいのひと)

道の教えの哲学において、この学び舎に在る者たちは、霊的な進化のさまざまな段階にいると理解されています。魂のための聖なる学びの場における、異なる学年のようなものです。

2 魂の人(たましいのひと)とは、いまだ主に魂識(こんしき)——魂の心——の価値観と優先事項に基づいて自分を捉えている人々のことです。彼らは学び舎の多数を占めており、民主的な過程では自分たちの価値観を映す候補者を選び、それがしばしば混迷の政権と悲しみに満ちた世界をもたらします。

3 彼らは権力の追求、支配、個人的な富、集団への帰属、社会的地位、過剰、外見、競争、少ない努力で何かを得ること、そして消費主義的な達成に焦点を合わせており、しばしば自分のより高い霊的可能性に気づいていません。これは最初としては当たり前のことであり、すべての人がはじめはそうであったのです。

4 これに対して霊性の人(れいせいのひと)は、自らの聖なる本質に目覚め、意識的に霊性の成熟へと進化しつつある人々です。高き自己(たかきじこ)が低き自己(ひくきじこ)の心を徐々に導くようになってゆきます。これは魂の心を抑え込むことではなく、聖化(せいか)すること——つまり、十全に生きながらも自己の成長と高き自己の優先事項を第一とするよう、魂の心を組み替えてゆくことです。

5 彼らは、すべてのいのちとのつながりへの気づきの中に生き、より高い原則によって導かれます。

6 魂の人から霊性の人への移行こそ、蝶の道における霊的な旅の精髄です。

7 この進化は、裁きや優劣の問題ではありません。霊的な気づきが自然に深まり、霊的な技能と優先事項を身につけてゆく過程であり、それでいて、生を十全に、深く生きるものです。

8 魂の人は、経験とカルマの学びを通じて学び、少しずつ自らの真の本性に目覚めてゆきます。

9 霊性の人は、省察と自己認識、自己の修練、意味の創造を通じて学び、道を示す人(みちをしめすひと)として、より高い意識を体現し、その生き方を通じて他者を励まします。

10 智慧ある道びとは、すべての存在に対して慈しみ(いつくしみ)を培います。一人ひとりがその進化の完璧な段階にあると認めるからです。

11 目標は、人間であることから逃れることではなく、人間の姿のうちに聖なる可能性を十全に生きることです。

12 道びとよ、魂から霊性へと向かうあなた自身の旅を見つめ、最も高き本性の目覚めを育みましょう。